★☆北区つかこうへい劇団・12月公演
『鬼〜贋大江山奇譚』
作・演出/渡辺和徳
出演/高野愛・逸見輝羊・小川智之
田島潤・栗林真弓・伊澤玲・渡辺昇・井上賢嗣・渡辺和徳
日時/2008年12月3日(水)〜7日(日) 全6公演
水〜金/19:00 土/14:00/19:00 日/14:00
会場/滝野川会館・大ホール
料金/3,000円(全席自由・当日前売とも)
ただいま全力公演中!
■What's New?
久保田創、椎名康裕・申大樹(研修生)が出演することとなりました。
なお、出演を予定していた相良長仁は怪我のため降板いたします。ご了承ください。
11/28 キャストページに、キャラクター紹介を載せました。
10/25 チケット発売開始!公演情報のページをご覧ください。
10/22 稽古場日記開始!
あらすじ
「情けなしとよ、客僧たち
偽り非じといひつるに、鬼神に横道なきものを…」(謡曲「大江山」より)
鬼子としてこの世に生を受けた伊吹(高野 愛)は、生まれ落ちてすぐに殺されるところを朝廷に救われた。そして生き延びさせる代わりに剣を学び、鬼退治を命じられる。
百人、鬼を斬れば、人間になれる。
人として認められる。
その言葉を信じ、以来、朝廷に仇なす多くの鬼たちを退治してきた。
いつか人間として受け入れられる日を夢見て…。
やがて大人になった伊吹は、最後の鬼退治を命じられる。大江山に住むという、その鬼を退治すれば人間になれる。だがその鬼、弥三郎(逸見 輝羊)と出会ったとき、伊吹の運命は大きく動き始める。
「…ひとつだけ教えてくれませんか。
鬼を退治し、鬼のいなくなったこの都は、本当に幸せなのですか。
恐れを失くしたこの国は、本当に幸せなのですか。
平和なこの国は、本当に幸福な国なのですか。」
鬼とは何か?人とは何か?
人は鬼を退治して、一体何を手に入れようとしたのか?
人を救おうとする想いが他方で人を殺し、豊かであろうとする努力が人の心を荒ませる。
有名な「酒呑童子」の物語をモチーフに、現代の矛盾に潜む「鬼」の姿を暴き出す。
「オレが鬼なら、お前はなんだ?」
渡辺和徳の演出作品・第3弾は、ついにオリジナル作品!
2006年「蒲田行進曲」
2007年「二代目はクリスチャン」…
過去2年、つかこうへい作品の構成・演出に挑戦し、新たな切り口で好評を博してきた渡辺が次に挑むのは、劇団では自身初となるオリジナル作品である。
すでに劇団外では、少年隊PLAYZONE、明治座「あずみ」など数々の作品で脚本等を手がけてきているが、劇団での上演は常につか作品にこだわってきた。だが今回、つかの激励を受け、ついに完全オリジナル作品の上演が決定した!
師であるつか作品の再構成でもなく、外部でのプロデュース作品でもない。新たな一歩を踏み出す渡辺の最新作にご期待下さい。
酒呑童子の物語
*御伽草子の中の一遍、「酒呑童子」をもとに簡単にまとめました。
様々なバージョンが混同していたり、語弊があったりするとは思いますが、あくまで紹介ですので…。
正確なものが知りたい方は、文献をご確認下さい。

時は一条天皇の代、京の町に夜な夜な現われては女たちをさらっていく鬼があった。名を酒呑童子といい、顔は薄赤く、髪は童子髪、身の丈は一丈もあったいう。多くの鬼を従えて大江山の奥に棲み、人間には容易に近づくことは出来なかった。
一条天皇はなんとか鬼を退治し、さらわれた娘たちを連れ戻そうと腕に覚えのある武士たちを呼び寄せるが、みな恐れて行こうとはしない。その中でただ一人、源頼光が名乗りを上げた。
頼光は同じく鬼退治を引き受けた藤原保昌とともに、四天王(渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光)を連れ、山伏姿に身をやつし、大江山へと入っていった。だが山は険しく、鬼たちが棲むという岩屋の在りかもわからない。と、困り果てている一向の前に、三人の老翁が現れた。
三翁は険しい山道をものともせずに一行を案内し、別れ際、神便鬼毒酒と呼ばれる神酒と星甲を頼光に授ける。その酒は、人間が飲めば力となるが、鬼が飲むと毒に変わるという不思議な酒であった。頼光は三翁が出発に際し、武功を祈った岩清水八幡、熊野権現、住吉明神の化身であると察し、礼を言うと三翁は消えてしまった。
三神の力を借りた一行が鬼の岩屋にたどり着くと、門のそばには鬼たちが油断なく構えていた。頼光が修業中の山伏のふりをして一晩の宿を乞うと、押し問答の末、岩屋の中に案内された。中では一人の垂髪の童子がおり、一向を迎え入れた。

酒呑童子は頼光たちを歓迎し、さらってきた娘たちに酌をさせて飲みはじめた。一行の前にも酒と料理が振る舞われたが、それは殺された娘の足と血の酒であった。だが頼光たちは動じずその肉を食い、血の酒をさらりと飲み干した。そして頼光は酒呑童子の前に進み出ると、もてなしの返礼にと神便鬼毒酒を差し出した。
酒呑童子はそれを疑いもせずに飲み干すと、あまりの美味さに驚き、まわりの鬼たちにも勧め始めた。だがこの不思議な酒は、どれほど注ごうともなくなることはなく、やがて鬼たちはみな酔いつぶれて寝てしまった。

一行はここぞとばかりに鎧兜に着替えると、頼光は三神からもらった星甲を頭にかぶり、眠っている鬼たちを斬り捨てた。最後に残ったのは、酒呑童子ただ一人。そこに先の三翁が再び現われると、頼光に酒呑童子の体を柱に縛りつけるように命じた。
頼光はその通り酒呑童子の体を縛りつけると、一刀のもとに鬼の首を切り落とした。その瞬間、酒呑童子はカッと目を開き、宙を飛んで頼光の兜に食らいついた。
「情けなしとよ、客僧たち。偽り非じと言いつるに、鬼神に横道なきものを…」

そう叫んだ酒呑童子だったが、鬼の力を持ってしても三神の星甲を貫くことは出来ず、やがて頼光たちに斬り捨てられて息絶えた。
頼光たちは屋敷に囚われていた娘たちを救い出すと、大江山を下って都で人々の歓待を受けたという。
酒呑童子とはなにか?
平安の代、京都の大江山に住んでいたとされる強大な鬼である。白面金毛九尾の狐と、大天狗・崇徳天皇と並んで、日本三大悪妖怪とも言われ、日本で最も有名な鬼といっても過言ではない。
酒呑童子の物語にはいくつものバージョンがあり、それぞれに細部が異なっている。逸翁美術館の「大江山絵詞」、サントリー美術館の「酒伝童子絵巻」、御伽草子の「酒呑童子」などがその主だったものである。

また史実においては、近江国坂田郡柏原荘の柏原弥三郎という人物がいる。この男は数々の非道を働いたために追われる身となり、正治2年(1200)に伊吹山に逃げ込んだが、翌年佐々木信綱という武士に討たれている。
この男、柏原弥三郎(俗に伊吹弥三郎)と、とある姫君との間に生まれた鬼子(伊吹童子)が、やがて酒呑童子となったというのである。(また一説には、伊吹弥三郎自身が酒呑童子になったとも言われる)他にも、酒呑童子の出生譚はいくつもあり、その類型に端を発する昔話も少なくない。
酒呑童子の名前の由来も、文字通りの「酒を呑む」というのは後世の後付けの意味合いであり、もとは捨てられた子「捨て童子」がなまってシュテンと音を変えたのではないかという説がある。(佐竹昭広「酒呑童子異聞」)
古来の日本では、たとえば生まれたときにすでに歯が生えていたり、髪が生えていたりすると、それは鬼の子・鬼子であるといって殺していたという。酒呑童子の幼い姿である伊吹童子は、三十三ヶ月胎内に留まった末に生まれ、黒々とした髪の毛が肩のまわりまで垂れ、歯は上下とも生えそろい、抱きかかえあげた乳母の手の中で、カッと目を見開くと、「父はいずくにましますぞ。」と、人語を発して皆を驚かせた。(似たような話は、武蔵坊弁慶、平将門などにもある)その異形を恐れた父親は赤子を伊吹山中の谷底に捨てた。そして赤子は捨て童子=酒呑童子へと変わっていったのである。

ただ発育が良かったというだけで、無残にも捨てられ、殺された赤子たち。また藤原家全盛の時代、鬼・土蜘蛛と呼ばれて排除されてきた土着の人々、あるいは土地神たち。それらの様々な伝承が一つの形となって生まれたのが酒呑童子という日本最大の鬼であるように思えてならない。
酒呑童子という鬼が、ただ単に悪逆の限りを尽くした恐ろしい鬼として描かれるのではなく、どこか人間臭い、哀しみを負った存在として描かれているのも、その裏に当時の人々の複雑な思いが反映されているからではないだろうか。